3・11で捨てざるを得なった私の価値観

オメオパティアの工藤聖子です。

3・11から4年が経ちましたね。

 

今もなお、
心の苦しみから解放されない方、

環境が整わず、
不自由な生活を送られている方が、
たくさんいらっしゃることを、
報道などで知り、
心を痛めております。

あの3・11と、
原発事故以降、
私もそして家族も、

様々なことに気付き、
そして、
変わっていきました。

去年のコングレスで、
発表したスピーチの一部を、
加筆・修正したものを、
こちらでも、
ご紹介したいと思います。

原発事故の影響で、
福島から他県へ避難された
母子のケースについて、
発表させていただいたのですが、

そのクライアントさんを担当することで、
向き合うこととなった、
私の罪悪感について、
お話しさせていただきました。

私と同じような立場で、
罪悪感を抱え、
悩んでいらっしゃる方に、
何らかの形で、
お役にたてれば幸いです。

なお、
これは私の拙い、
ちっぽけな価値観について書いたのであって、

決して誰かを批判したり、
責めたりしたいのではないことを、
ご理解下さいますよう、
お願い致します。

~~~ 以下、コングレスのスピーチより ~~~

このケースは、
原発事故による放射能の影響で、
福島から他県へ、
母子のみで避難し、

その避難生活のストレスで、
娘さんが、
心因性視力低下を起こし、
私の相談会に、
お電話でかかられていました。

娘さんは、
福島を離れたことをとても嫌がり、
そして同時に、
原発事故を起こした電力会社も、
嫌っていらっしゃいました。

このケースでは,
私はずっと戸惑いと罪悪感を抱えながら,
相談会を行っていました。

なぜなら,
私の夫は原発に関わる会社で
働いているからです。

この娘さんの
「原発事故が私の人生をめちゃくちゃにした。
絶対に許せない」という言葉が胸に刺さり,
私は夫の仕事のことは言えずに、
ずっと相談会を行い、

このことを打ち明けるべきか、
悩んでいました。

しかしやがて、私は、
こうしてこの母子に出会ったのは,
何か意味があるだろうと
考え始めました。

そのとき浮かんだのは、
寅子先生の

『否定しているものは
必ず受け取るときが来る』

という言葉でした。

自分は何を否定しているのだろうと考え,
私が気づいたこと。

それは、
「人の健康を犠牲にする
仕事はしてはならない」

「西洋医学に携わるお金で
生活することは悪である」

という価値観を持っているということでした。

西洋医学にかかわる病院や会社,
そしてそこで働く人やその家族まで
否定している自分がいたのです。

そうしてはじめて私も
「福島の人の生活や健康を犠牲にした
原発で得たお金で生活している」
とわかりました。

原発事故後,
家族にまで及ぶ痛烈な批判に,
私は身をひそめるようにして
生活していました。

そして,
夜を徹して過酷な状況下で働く夫に
「早く会社を辞めてほしい」
と激しく責めたこともありました。 

しかし,
夫も会社の人も,
誰もが無我夢中で働いていて,
何の悪意があるわけでもなく,

できる限りのことを,
ただ全力でやっているということは,
身近にいる私が
一番よくわかっていました。

学校の先生である父の元,
厳しく育てられた私は,
いつしか,
善悪を判断する物差しを,
両手いっぱいに抱えていました。

そして今回,
私がその物差しで否定してきたこと,

それは私自身だったとわかったとき,
その物差しを捨てざるをえませんでした。

何が正しくて何が正しくないとか,
何が良くて何が悪いとか,
そんなことは何ひとつない。

薬も病院も製薬会社も
原発も電力会社も,
そして夫の仕事も、
私の生活も,
ただただすべてを
ありのまま受け入れる。

そう心から思えるようになり,
少し成長できたように思います。

今は、
夫が元気に働いてくれていること,
このクライアントを担当できたこと,
ホメオパシーに出会えたこと,
そのすべてに感謝しています。

ありがとうございました。

~~~~~~~~~

この地震で、
亡くなった尊い方々の、
ご冥福をお祈りしています。

 

 

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